| 戦争にまつわる記憶の種類と由来について、国際政治学者の藤原帰一氏(東京大学)が、重要な整理を試み続けておられる。聖戦・正戦・反戦。一字の違いだけでとても似ているこれらの言葉の、その意味するところへの考察である。『戦争を記憶する 広島・ホロコーストと現在』(講談社現代新書、2001)ほか、継続研究の成果が何冊かの書籍となっている。いずれも文章平易で読みやすく、考えさせられる内容である。
同書で藤原氏は、常備軍をもつ欧州の戦争観と民兵を募る米国の戦争観の相違、米国の世論が反戦から正戦にシフトした歴史的経緯、反戦・正戦と聖戦の意味の違いなどについて論証し、日本のおかれた現状に光を当てようと試みている。
戦争の記憶については、「国家の記憶」と「個人の記憶」が別々に存在すること、「国家の記憶」は、国際政治関係によって後から作られていくこと、「個人の記憶」は遺族、当事者本人、加害者、被害者といった立場と個別体験によって異なり、それぞれの主張が平行線をたどりやすいこと、反戦と正戦は思想的には根を同じくすることなどを、指摘する。
藤原氏は事例として、原子爆弾投下を、絶対悪ゆえに反戦につながるシンボルとして扱う日本の風潮と、戦争を終わらせた英雄的存在として語られやすいアメリカの認識を対比してみる。日本についても、政治としては「ヒロシマを叫ぶ文章は多いが、広島を語ることばは少ない(後略)」と指摘し、一方で「それぞれの個人に戻ってみれば、戦争の記憶とは、理解できないほど残酷な運命を、ただ黙って耐えていくという行為でしかなかった(後略)」と、分析を進めていく。
アウシュビッツ第2収容所であるビルケナウ収容所を訪ねたとき、そのあまりの広さに「なぜ、逃げなかったのだろう」「なぜ、戦わなかったのだろう」ととっさに思った。いくら監視がいても、みなで抵抗すれば、これだけの広さ、人数の違い、逃げれば‥。知らないということは、浅はかなものである。逃げれば、自分にかかわる人びとが殺される。家族が別の棟にいる。子供を連れて逃げられないならここに残る。いくつでも、逃げられない理由があった。
状況がそこまでいってしまわないために、戦うべきだった。あるいは、そうなっている人びとを助けるために、抑圧をなくすために、戦うべきだ。それを、正戦と定義したら、あなたは、正しい戦争がある、というだろうか、いわないだろうか。いわば、正当防衛の世界版のような考え方である。
自問する。
世界各地で、戦闘の日常と非日常の境界線が、つい最近のロシアのように、なくなりつつある。子供たちの始業式が虐殺の場と化してしまった人びとの、遺族の無念が激しい憎しみに変わるだろうことは、察せられる。従来の戦争とは違った方法でも武器が使用され、同じように大量の人びとが傷ついていく。
自分たちの未来をどうするのか。戦う、ということをどう考えるのか。武器を使用する、ということを、どう考えるのか。アウシュビッツに、広島に、ツール・スレインに、南京に、行ってみては考える。 |